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タイトル-湯先生の部屋

中国の食文化
 
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火鍋の話 10/07/05
音と料理名

最近では日本でも火鍋をメニューに入れている中華料理店が増えているようですね。火鍋は、中国では長い歴史を持ち、各地でさまざまに発展した独特の料理です。古くは「古董(グウトン)羹」とも呼ばれていました。煮たったスープに食材を入れたときの「ゴトゴト」という音から名づけられたのでしょう。音から受けた印象が料理名になったのですね。鍋に食材を入れて煮る食べ方から「中国のしゃぶしゃぶ」と呼ばれることもあるようですが、北京のシュワンヤンロウという羊肉の火鍋が京都に伝わったのが日本のしゃぶしゃぶのルーツのようです。こちらも音からの発想でしょうね。

 
各地の火鍋 中国の火鍋は豊富な種類があります。有名なものでは、広東の海鮮火鍋、さっぱりして奥深い味わいがあります。蘇杭一帯には菊花火鍋、さわやかな香りで独特の風味があります。雲南の填味火鍋は、辛味が豊かな風味を醸し出しています。湘西の狗肉火鍋は「狗肉をしゃぶしゃぶしたら、神様も隠れていられない」と言われるほどです。重慶の毛肚火鍋は、辛味とふくよかな香りが特徴です。そして北京には羊肉の火鍋。一度食べたら虜になるでしょう。
この他、杭州の三鮮火鍋、湖北の野味火鍋、東北の白肉火鍋、香港の牛肉火鍋、上海の什錦火鍋なども独特な風味で美食家に好まれています。
 
火鍋の起源

火鍋が何時ごろできたのか、はっきりしたことは分かっていません。ただ中国の食文化の歴史を見ると、おおよそ3千年くらい前に発明された「鼎」という食器と関係があると考えられます。これは鉄製の大鍋で3本か4本の足で支えられています。当時は祭祀において、牛や羊の肉をその中で煮て神にささげた後、皆で分け合って食べたのでしょう。これが火鍋の最も古い形といえます。
でもちょっと考えてください。おそらく当時は調味料と言えば塩くらいしか無かったでしょう。塩で煮ただけの肉って美味しいのでしょうか?おまけに大きな鉄鍋は持ち運びも不便です。どう見ても日用的なものではありません。その後、土鍋や銅鍋が発明されて、次第に生活に溶け込んでいったのでしょう。

 
火鍋の発展

鍋自体の発展と共に、味付けも工夫されてきました。花椒や辣椒が使われる前は、どのように辛味などの味を出していたのでしょう。三国時代、魏の文帝のとき「王熟釜」という記録が残っています。これは鍋の中を5つに分け、それぞれに別の味(五味)の食材を入れたものです。現在のオシドリ鍋(鍋を2つに仕切り、赤く辛い麻辣湯と白くあっさりとした白湯を入れた火鍋)の基になったと思われます。
南宋時代、林洪の『山家清供』にこんな話が載っています。
林洪が友人と一緒に武夷山の止止大師を訪ねたとき、山を登っている途中で大雪になりました。そこに野兎が1匹飛び出してくると、雪で足を滑らし、下の岩にぶつかって気を失ってしまいました。林洪はこれを捕まえ、焼いて食べようと考えて止止大師にどんなふうに料理したらよいか尋ねました。止止大師は「鍋に湯を沸かし、兎肉を薄切りにしてしゃぶしゃぶし、いろいろな調味料をつけて食べたらよい。」と教えます。林洪がその通りに調理すると非常に美味しく、皆で楽しく談笑しました。
火鍋が最も盛んだったのは清の時代です。『清代档案史料叢編』に「千叟宴」の記録が記載されています。これは1796年に宮中で催された宴で、用意された火鍋は1550以上、集まった人は5000人以上という前例のない大規模な「火鍋宴」でした。

 
食文化としても

火鍋は美味しいだけでなく、食文化にも深く関わっています。東北地方では鍋に入れる食材の並べ方にも決まりがあります。「前飛後走、左魚右蝦、四周軽撒菜花」といわれ、なべの手前には禽鳥類、後ろには動物の肉類、左に魚、右にエビなどを並べ、野菜を散らすという形です。
招かざる客が来たときは、手前に特大の肉団子を入れ、後ろに肉類を入れます。これは早く帰れという意味なのです。

 
栄養面も 火鍋は肉、魚、野菜、香辛料など豊富な食材を使うので、様々な栄養素が一度に摂れる理想的な料理といえます。その土地の風土に合った食材を使うことで、健康維持にも役立ってきたのです。
日本でも七草粥がありますが、台湾では正月7日に火鍋を作ります。材料は、肉、魚、ニラ、香菜、ネギ、ニンニク、セロリを使い、どれ一つでも欠けてはいけません。それぞれの食材に富や健康、長寿などの意味が込めて、バランス良く栄養分を摂取しようという古人の知恵なのでしょう。
 
 
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