ホームページへ

タイトル-湯先生の部屋

中国の食文化
 
湯先生の部屋TOP頁へ
 
春を食べる 10/01/05
春餅の始まり

中国では新しい春を迎える立春の日に 春餅(チュンピン)を食べてお祝いする習慣があります。春餅は、小麦粉で作った皮で肉や野菜を包んで食べる中国風クレープのようなものです。この風習の起源は、2000年以上前の春秋戦国時代まで遡ります。当時は「五辛盤」で春の神様を祀っていました。五辛盤とは字の通り、ネギ、ニンニク、ニラ、香菜など辛味のある野菜のことで、これを神様に供えてから食べたのです。

 
なぜ五辛? 晋の風土記の中に「元旦(立春)に五辛盤を作る。これらの辛味が体を鍛錬する」とあり、注に「辛味は五臓の気を活発にする。【荘子】にも春は酒を飲みネギを食べれば五臓に通ずると云う。」と書かれています。また李時珍は【本草綱目】で「元旦、立春にネギ、ニンニク、ニラ等を食べるのは、新しい息吹を迎えるという意味である。これを五辛盤という。」と述べています。
薬膳入門の四気五味のところでもお話ししましたが、辛味には発散作用があります。新春に辛味を食べるのは、体内活動を目覚めさせ、活発にする意味があるのです。
 
食べ方の進化

辛味が良いといっても、これらの食物はそのままでは食べにくいので、食べ方も工夫されました。小麦粉で薄い皮を作り、これで辛味野菜を包んで食べるようになったのです。これが春餅で、やがて春巻などに発展していくことになります。
この食べ方も古くからあったようで、明の時代の【古今事物考】に「立春に生野菜を春餅にして神前に供える『春盤』は唐以前からあった。」と記されています。また杜甫や蘇軾の詩にも『春盤』の語が出てきます。

 
宮中では

『春盤』は民間の風習としてだけでなく、宮中においてもより洗練された行事となっています。味や見た目を良くするように腕によりをかけて作るようになり、後に地方官吏が皇帝に献上する上等なものは「玉餅」と呼ばれるようにもなりました。

 
春を咬む 「立春に食べる大根は梨よりうまい」という諺がありますが、立春の日に大根を食べる習慣は「咬春(ヤオチュン)」と呼ばれています。大根の辛い味を咬み砕くようにしていれば万事うまくいく、そんな気持ちが込められているのでしょう。
新しい春を祝う春餅と苦難を乗り切ろうという咬春は、次第に融合していくことになります。遅くとも清の時代には一つの行事とされ、春餅には大根が欠かせなくなっていました。やがて春餅を食べることを「咬春」と呼ぶようになったのです。
 
春餅の発展形 春餅は時の流れとともに食品としての発展を遂げてきました。より国際的になり、ファーストフードの店にも並ぶようになりました。それとともに食べる時期も立春に限らず、一年中食べるようになりました。
作り方や内容、名前も土地土地によって異なります。春秋時代の荊州では餡を包んだ皮の上に卵の黄身を塗り青菜で「春」の字を作って乗せ、油で揚げて食べていました。また福建省の南部では薄く延ばした皮で餡を筒状に包んで食べます。生で食べるのを「潤餅」、揚げて食べるのを「春巻」と呼んでいます。
皮の作り方もそれぞれで、南方では小麦粉に水を加えて何度も混ぜ合わせ弱火で薄く引き延ばして焼きます。紙のように薄く拭うので「拭餅」とも呼ばれます。北方ではやや厚めで、お盆のときに供える蓮の葉型の「荷葉餅」と同じように作ります。
 
形は様々でも 形や作り方、名前は違っても、皮を平らに延ばし中に具材を包んで食べること、具材は「五辛」が中心であることは共通しています。これは春餅の元々の伝統が受け継がれているということなのです。今では具材はネギ、ワケギ、ニラ、ニンニク、ニンニクの芽、香菜、辛子菜などを使いますが、新春に春餅を食べて昔の人たちの春を祝う気持ちを偲んではいかがでしょうか。  
 
湯先生の部屋TOP頁へ    

前頁へ ホームページへ 次頁へ