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「年」の話(2)
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| 年越し |
古くから伝わる、大晦日から元旦にかけての年越しの習慣は、今でもとても大切なものです。一夜のうちに二つの年が連なる大晦日の晩は、蝋燭に火を灯し、家族が皆集まって共に年越しの食事をしながら新旧の年が入れ替わる時を待つ、これは旧年の悪いものを追い出し、新しい年が素晴らしいものとなるようにという願いが込められいています。
最も早い記録では、西晋のころの風土記に「大晦日の夜は互いに贈り物をしあう、これを『饋歳』と称し、食事に招待することを『別歳』、年寄りから子供まで一緒に食事をして祝うことを『分歳』、皆が寝ずに夜明けを待つことを『守歳』と称す」とあります。 漢の時代くらいから、新旧の年の変り目は真夜中と定まりました。この風習は次第に盛んになり、唐朝初期の太宗(第二代皇帝)李世民は『守歳』という詩で「寒辞去冬雪、暖帯入春風」と詠っています。
年越しは、年長者にとっては過ぎた時間をいとおしみ、若者たちは自分の両親の長寿を願うという意味があります。
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| 爆竹 |
中国の年越しに欠かせないのが爆竹です。新年を迎えたその時、家々では爆竹を鳴らしてその激しい音と共に新旧の年を入れ替えます。
爆竹は中国の特産品で、「爆仗(bao-zhang)」「炮仗(pao-zhang)」「鞭炮(bian-pao)」とも呼ばれます。その起源は古く、2千年以上の歴史があります。威勢の良い爆竹を鳴らすことで喜びの気分を高める一種の娯楽として、節句の日に幸せをもたらすと考えられて、次第に広範囲に使われるようになりました。品種や種類も増え、節句はもとより結婚、新築、開業などの際は、祝いの意味を込めて派手に爆竹を鳴らすようになりました。 現在では湖南省の瀏陽、広東省の仏山と東堯、江西省の宜春と萍郷、浙江省の温州などが有名で、各地で作られる花火は世界中に出回っています。
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| 大掃除 |
『呂氏春秋』に「12月24日には家の塵を払って大掃除をする」と記されています。中国では堯舜の時代から春節に掃除をする風習があり、これは「塵」と「陳(古いという意味)」が同じ”chen”という発音なので、古いものを取り除いて心機一転するという気持ちを表しています。毎年春節になると家々では家中隅々まで徹底的にきれいに磨き上げて、新しい年を迎える喜びの気持ちを高めるのです。
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| 年越し料理 |
年越しの料理は、餃子やワンタン、麺、饅頭など中国各地さまざまですが、それぞれにその理由が考えられています。
例えば北の方では年越しに餃子を食べる習慣がありますが、これは「更歳交子」、つまり年が入れ替わるという意味です。「交子」と「餃子」が同じ”jiao-zi”だからなのです。また白い餃子は銀の財宝に似ているので、卓上に餃子を盛ることで新しい年は大金持ちになるようにという意味も込められています。ですから餃子を作る時、「食べた人はお金持ちになりますように」と唱えながら具を包む風習があります。餃子を食べるようになったのは漢の時代からで、その由来については「餃子」のコラムもご参照ください。
新年にワンタンを食べるのは、「始まり」という意味があります。伝説では今の世界ができる前の混沌(これもワンタンと同じ発音です)の状態から、盤古が天地を開いたということに因っています。また麺は、長面(顔が長い)との語呂合わせから長寿を願ってのことです。
北の地方では、前の年の内に料理を作ってお供えし、年を越す家もあります。これは「隔年飯」といって、一年では食べきれないほどのご飯があるので、次の年まで食べ続けられるという意味を表しています。この隔年飯は、米と粟を混ぜて作るのが一般的です。これは北京あたりでは「二米子飯」と呼ばれ、黄色と白が金と銀を表しているとしています。
一部の地方では、果実で年越しのお菓子を作るところもあります。これらにも目出たい意味を込めています。棗を食べるのは「速く春が来るように」、柿餅は「物事が思い通りにいくように」、杏仁は「幸せになるように」、落花生は長生果とも呼ばれるので「長生きできますように」、餅は「一年一年良くなりますように」・・・といった願いが込められているのです。
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| 年賀 |
年が明けると先ず、きれいに着飾って新年の挨拶に出かけます。この方法にもいろいろな形があり、ある人は親戚の家に挨拶に行き、またある人は仕事仲間の人と新年を祝います。大人数の人が集まって互いに挨拶しあう「団拝」というものもあります。こうした新年の挨拶は時間も労力も懸かりますので、次第に賀状を送って済ませるようになりました。これが現在の年賀状です。
春節には若い者は年長者のところに行って、新年の挨拶をしなければなりません。年長者は「圧歳銭」というお年玉を用意しておいて与えます。圧歳銭は、悪いものを抑え込んで一年が無事であるようにという意味があります。形は二つあって、一つは色のついた紐で龍の形に編んだもので『燕京歳時記』に載っています。もう一つは一般的な形で、紙に包んで渡すものです。普通は新年の挨拶が終わると渡すのですが、大晦日の夜、子供たちが寝付いてからソッと枕の下に入れておくこともあります。このお年玉の習慣は今でも盛んに行われています。
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