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江蘇料理 10/11/05
豊かな土地柄

江蘇省は、東は海に面し、西は大小の湖が続き、南は太湖に接し、長江が中部を貫流し、運河が縦横に走り、蜘蛛の巣のように河流が分岐し、湿地が数珠のように連なっています。さらに、寒暖のバランスもよく、土壌も肥沃なので、古来から“魚米の故郷”と称されています。一年中水産、肉類、野菜類が豊富で、この豊かな物産が江蘇料理の形成に好条件を提供しました。

 
形成の歴史

江蘇は多くの名料理人を輩出したことでも有名です。最初に料理人という職業が記録されたのも、また歴史に名を残す名料理人を一番多く生み出したのもこの地方です。
中国古代の伝説の帝王、尭の時代に彭祖がキジを料理して献上したということです。夏の兎王の時代には白身魚が献上され、その後明清の時代まで伝統が続いていました。また商の湯王の時代には太湖の野菜類が上品なものとして扱われていました。
2千年以上前、当時の呉の人たちは既に魚を蒸したり焼いたりして食べていました。また1千年前には鴨が好んで食べられていました。
南北朝の時代には全国的な広がりを見せ、唐・宋以降は仲原の文化人たちが多く移り住んでその文化を持ち込んだため、さらに料理の幅が広くなり、浙江料理と並んで“南方食”の二大大黒柱と言われるようになりました。
金・元以降はイスラム教徒が多く移住しましたので、その影響も受け、明・清の時代になると全国各地の影響も加わってさらに豊かな料理体系になっていきました。
江蘇料理の一つである淮揚料理は元々は宮廷料理でしたが、現在では国賓を迎える会食に多く使われ「国菜(国の料理)」と呼ばれるようになっています。

 
既に食事療法も

古代の名医、華陀は江蘇に在ったとき弟子の呉晋均に「火化熟食」ということを伝えました。要するに、食事によって治療を施すという考え方です。梁の武帝は仏教に帰依して素食を提唱し、晋の葛洪は「五芝の説」を唱えてキノコの食用に大きな影響を与えました。唐末から宋初の五代時代には江蘇料理は「健康七妙」と呼ばれていました。

 
料理の特徴

江蘇料理は、南京、揚州、蘇州、淮安、徐州、海州など各地の料理の総称です。味は濃厚さの中に淡白さがあり、口当たりはやわらかく、甘みのある塩味がその特色です。一般的に素材がやわらかくなるまで調理しますが、形が崩れてしまうほどにはやわらかくしません。濃厚でも嫌みのないスープで風味を増すところが独特です。また原材料を厳選して季節の旬の素材を使い、盛り付けは色や形の調和を重視しています。
調理法は煮込み、遠火焼き、蒸し焼き、油炒めなどに特長があります。

 
代表的な料理

≪南京料理≫
南京料理は長江沿いの南京を発祥の地とし、繊細な造形と華やかな色合いが特徴です。味はコクがあり円やかで、鴨や魚、エビのほか野菜もふんだんに使います。

≪淮揚料理≫
江蘇料理の中心といえる淮揚料理は、長江北部の揚州、淮安、鎮江が発祥の地です。食材の選択が厳格で、庖丁使いと火加減に細心の注意を払います。塩味と甘さがほど良く、さっぱりした淡白な味に特徴があります。

≪蘇錫料理≫
蘇錫料理は長江南部の湖水地帯で古来からの都会である蘇州、無錫、常州、さらには東の上海までを含む地域の料理です。現在日本でも人気の上海料理は、上海で作られる江蘇料理を土地の人々が自称して広まったものといえます。酒糟を調味に多く使い、濃いめの味ですが脂っぽくなく、特に無錫では甘味が強いのが特徴です。

≪徐海料理≫
江蘇省北部にある徐州などを中心とする徐海料理は、山東省に近いので魯菜の影響も受けて、肉も使った海産物の料理に特色があります。味は塩辛さが強く、煮もの、炒めもの、揚げものが多く使われます。

ただし現在ではこれらの料理は互いに影響を与えながら発展・変化しており、その中心となっているのは淮揚料理だといえます。

 
 
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