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中国八大料理
 
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福建料理 11/03/05
福建の風土

福建省は中国の南東部に位置し、一年を通して温暖で雨量も豊かな恵まれた土地柄です。東は海に面して長く続く海岸線に浅瀬が広がり、西には山々が連なっています。こうした自然環境の中、新鮮で豊富な食材が福建料理の形成に役立ってきました。
また海を挟んだ対岸は台湾で、福建料理の味付けは台湾料理や沖縄料理にも大きな影響を与えたといわれています。

 
形成の歴史

福州にある新石器時代の遺跡からは多くの炊事道具が発掘されています。つまり福建の先住民たちは、今から5千年前に既に調理して食べるという習慣が出来ていたことが分かります。
両晋、南北朝の頃の「永嘉の乱」以降、多くの中原の貴族や役人が福建省に移り住んできました。彼らがもたらした中原文化と在来の文化が混ざり合い地域の文化は大きく発展しました。唐代末、五代に福建国が打ち立てられると、福建料理も更に進化することになりました。例えば、唐代に中原で使われ始めた「紅曲」という麹の一種の調味料は、福建料理の重要な調味料として多くの名料理を生み出しました。
清から民国にかけて、福建は対外貿易の重要な拠点として繁栄しました。多くの華僑が活躍し、福建料理を海外に広めると同時に、南洋群島を始め海外の食習慣を取り込んで、福建料理を一層豊かなものしていきました。その頃の福建には、上流階級の人達を満足させる高級レストランや、一般庶民が喜ぶ地元料理の店が乱立していました。
福建料理の中で独特の地位を占めているのが精進料理です。アモイ(厦門)の南普陀寺の精進料理は、仏教の食事作法を厳格に守ると共に、見た目の美しさや味の良さで人々を魅了しています。

 
調理の特徴

○ 新鮮な海の幸や山の珍味をふんだんに使っています。海にはハモ、アゲマキ、イカ、イシモチ、ナマコなどの海鮮が豊富で、山には椎茸、タケノコ、白キクラゲ、蓮の実などがあり、平らな丘陵地帯で採れる米、野菜、果物などが様々な調理法で料理され、中国全土で有名な強木根・強曲曲兄弟のような名料理人を生み出しています。

○ 包丁さばきが見事。福建料理の包丁の技術は「紙のように薄く削ぎ、髪のように細く切り、レイシ(ライチー)の実のように刻む」と称されています。こうすることによって食材本来の味を引き出すようにしているのです。

○ スープを重視し、その種類も多くあります。甘くさっぱりした牛乳のようなスープや、透き通ったスープ、ふくよかな香りのスープ、濃厚なスープなど様々です。これは新鮮な海鮮を食べ続けてきた経験から、最も素材に適したものを追求してきた結果といえるでしょう。

○ 調味に特別注意し火加減にも気を使います。甘味や酸味をうまく使いこなして食材本来の味を生かしています。

 
料理の特徴

福建料理は福州料理、南部のアモイなどを中心としたミン(門構えに虫)南料理、西部の山岳地帯のミン西料理によって構成されています。

≪福建料理≫
福建料理の代表。福州料理は淡白で酸味、甘みに偏します。スープだしの調整、旨みの引き出しに拘り、スープの種類は多様です。調味には酒麹、酒糟をよく用い、煎り糟、赤麹調味、酒糟隠し味、糟漬けなどの料理法があります。

≪ミン南料理≫
台湾料理に影響を与えたもので、比較的あっさりしたものや甘めの料理が多くあります。

≪ミン西料理≫
やや塩味が濃く、素朴な郷土料理の趣が深く残っています。


 
代表的な料理

福建料理で一番有名なものの一つに百年以上の歴史があるといわれている「佛跳牆(ぶっちょうしょう)」という料理があります。
言い伝えによると、1874年、福州の役人が家で客をもてなすために夫人が自ら、鶏肉、アヒル肉、豚肉など18種の材料に、落花生、タケノコ、生姜、桂皮、ウイキョウなどの調味料と紹興酒を加えて壺で煮込んだ肉料理を用意しました。客として招かれた周蓮大は一口食べて絶賛し、自宅に戻ると早速、料理人の鄭春発に作るよう命じました。鄭春発は、多くの海産物を加え肉を少なくすると味が更に良くなることを発見しました。
その後、鄭春発は独立して聚春園菜館を開き、この料理を出すと多くの食客で賑わいました。中には文才のある客も訪れ、まだ正式な名称がなかったのを見て、「甕啓葷香飄四鄰、佛聞棄禅跳墻來」(壺を開けると生臭い香りが辺りにただよい、仏も嗅げば禪の道を棄てて塀を飛び越えて来る)という句を詠み、ここから「佛跳墻」という名前が付けられたといいます。

 
 
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